大阪高等裁判所 昭和60年(う)1249号 判決 1986年9月05日
控訴人 検察官
被告人 枡谷議一 弁護人 山崎晴夫
検察官 山中朗弘
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役三年六月に処する。
原審における未決勾留日数中五〇日を右刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、大阪地方検察庁検察官検事田中豊作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人山崎晴夫作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。
検察官の控訴趣意(法令の解釈・適用の誤りの主張)について
論旨は、要するに、原判決は、「被告人は、昭和五〇年七月八日堺簡易裁判所において窃盗罪により懲役一年四月に、同五二年三月二九日大阪地方裁判所において、窃盗罪等により懲役二年に、同五三年五月二六日羽曳野簡易裁判所において窃盗罪等により懲役一年六月及び同一〇月に、同五七年一月七日大阪地方裁判所において常習累犯窃盗罪により懲役三年六月に処せられ、いずれもそのころ右各刑の執行を受け終わつたものであるが、更に常習として、同六〇年五月三日午前三時ころ、大阪市住吉区東粉浜一丁目一二番一号所在の吉兆すし店において同店経営者西田長生所有の現金約一〇万七、〇〇〇円を窃取したものである。」との本件公訴事実に対し、「右公訴事実は、関係証拠により認められるが、他方、被告人は、正当な理由がないのに、本件犯行後の昭和六〇年五月三〇日午前二時二〇分ころ、大阪市阿倍野区松崎町三丁目二番常盤公園内において、他人の建物に侵入するのに使用されるような器具であるペンライト一本、金槌一本を上衣ジヤンパーポケツト内に隠して携帯していたという軽犯罪法一条三号違反罪(侵入具携帯罪)により、昭和六〇年七月一八日大阪簡易裁判所において拘留二〇日に処せられ、同判決は同年八月二日確定しているところ、右侵入具携帯行為は、本件公訴事実に係る現金窃取行為後、住居侵入・窃盗の目的でなされたものであることが証拠上明らかであるから、本件公訴事実に係る常習累犯窃盗行為と右確定判決に係る侵入具携帯行為とは包括して盗犯等の防止及び処分に関する法律三条の常習累犯窃盗の一罪を構成するにとどまり、別罪として軽犯罪法一条三号の侵入具携帯罪を構成しないものと解すべきであり、したがつて、もともと右一罪の関係にある行為の一部である侵入具携帯行為につき既に確定判決が存在する以上、その確定判決の既判力は、確定判決前の行為で、しかもその判決確定後起訴された本件公訴事実にも及ぶものといわなければならない旨説示し、刑事訴訟法三三七条一号により被告人に対し免訴の判決を言い渡したが、本件公訴事実に係る常習累犯窃盗行為と右確定判決に係る侵入具携帯行為は、それぞれ別罪を構成し、併合罪の関係にあるものであるから、これを一罪と評価して本件常習累犯窃盗の公訴事実につき被告人を免訴した原判決は、盗犯等の防止及び処分に関する法律三条の解釈、適用を誤り、ひいては刑事訴訟法三三七条一号の解釈、適用を誤つた違法があり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
所論にかんがみ検討するに、原判決が、昭和六〇年八月一〇日付起訴にかかる本件常習累犯窃盗の公訴事実に対し、所論の同年八月二日確定の判決に係る侵入具携帯行為は右公訴事実に係る現金窃取行為後に住居侵入・窃盗の目的でなされたものであり、これと本件公訴事実に係る常習累犯窃盗行為とは包括して常習累犯窃盗の一罪を構成するものとして、結局免訴の判決を言い渡したものであることは、原判文に徴し明らかである。そして、右原判文によれば、原判決は更に、右両行為が常習累犯窃盗の一罪を構成する理由として、盗犯等の防止及び処分に関する法律三条の常習累犯窃盗の立法趣旨に照らし、犯人が過去一〇年以内に三回以上窃盗罪等同種前科の刑執行を受け終つているにもかかわらず、更に常習として一個又は数個の窃盗(又は同未遂)罪と窃盗目的の住居侵入罪を犯した場合、住居侵入罪は、右一個又は数個の窃盗(又は同未遂)罪とともに包括して一個の常習累犯窃盗罪のみを構成するのが相当というべく(最高裁判所昭和五五年一二月二三日第三小法廷判決・刑集三四巻七号七六七頁参照)、また軽犯罪法一条三号の侵入具携帯罪の立法趣旨は、当該侵入具携帯の行為が住居侵入・窃盗罪等のより重い犯罪に至る危険ありとして、その危険が未だ潜在的状態である間に阻止することを専ら目的とするものであつて、右侵入具携帯罪は住居侵入罪が成立するときはこれに吸収されるべき性質のものと考えられ、本件においては、被告人が本件公訴事実に係る窃盗行為とともに、住居侵入・窃盗の目的で前記確定判決に係る侵入具携帯行為をしたものであることを合わせ考えると、両行為を包括して常習累犯窃盗の一罪を構成するものと解する旨説示していることが明らかである。
思うに、原判決が掲記する最高裁判所の判決が、常習累犯窃盗の罪と窃盗の着手に至らない窃盗目的の住居侵入の罪とは、常習累犯窃盗の一罪の関係にあるとするのは、窃盗目的の住居侵入が窃盗の着手に至れば、結局、常習累犯窃盗の罪と一罪の関係になるのに、窃盗の着手に至らず、いわば予備的な段階にとどまるときは、常習累犯窃盗の罪とは別罪となつて併合加重されるのは、刑の権衡を失し不合理であり、更にまた盗犯等の防止及び処分に関する法律の立法趣旨によると、同法三条は同法二条と同様に窃盗目的の住居侵入を構成要件に取り込んでいるものと解されることを理由とするものと考えられ、このような点を理由とする限り、当裁判所も右最高裁判所の見解に賛同するものであるが、原判決は右最高裁判所の見解を前提として、窃盗目的の住居侵入行為と住居侵入・窃盗目的の侵入具携帯行為とを同列に置き、住居侵入・窃盗目的の侵入具携帯罪と常習累犯窃盗罪とは包括して常習累犯窃盗一罪となる旨説示するので、まず、侵入具携帯罪と窃盗目的の住居侵入罪の罪数関係について検討することとする。軽犯罪法は、いまだ一般的な刑法犯にも至らない道徳律違反行為の色彩のある犯罪にして、社会的非難の度合も比較的軽度であるものの、公共の安寧の保護の見地から特に取締りの必要と認められる行為を処罰する趣旨の下に制定されたもので、同法一条三号の侵入具携帯罪は、住居に侵入するのに使用されるような器具を隠して携帯(以下、単に「携帯」という。)することが、住居侵入あるいは住居侵入の上での窃盗等の犯行に発展する危険性があるので、これらの犯罪の発生を未然に防止するため、このような器具の携帯行為を犯罪行為として処罰するものであつて、携帯者が住居侵入の意思ないし目的を持つていたか否かを問わず、正当な理由のない侵入具の携帯行為自体を処罰の対象とする点において、抽象的危険犯であり、当該器具を現実に使用することを必要としないから、その意味においては単純な行為犯にすぎず、その保護法益も公共の安寧及び秩序という社会的法益である。これに対し、住居侵入罪は、単純行為犯の一種ではあるが、住居権者、管理権者の意思に反することが必要である点において具体的侵害犯であり、その保護法益は住居の平穏という個人法益である。したがつて、侵入具を携帯する者が、住居侵入に及んだ場合でも、住居侵入後においても携帯行為が継続している限りは、携帯者が次の住居侵入の目的を持つていると否とにかかわらず、なお次の住居侵入を犯す抽象的危険が存続し、その行為が処罰されるべき筋合のものである。以上の軽犯罪法の立法趣旨、両罪の罪質、保護法益の相異などの諸点を考え合わせてみると、侵入具携帯行為と住居侵入行為とは別個の行為とみるべきであり、侵入具を携帯する者が窃盗目的で住居に侵入した場合でも侵入具携帯罪が窃盗目的の住居侵入罪に包括的に評価され吸収されるものではなく、両罪が別個の犯罪として成立し、併合罪の関係に立つと解するのが相当である。
すすんで、侵入具携帯罪と常習累犯窃盗罪の罪数について考えてみるに、盗犯等の防止及び処分に関する法律三条の常習累犯窃盗罪は、同条所定の要件を具備する常習累犯者に対し、行為前の一定の前科を参酌し、常習性の発現と認められるすべての窃盗(同未遂)罪を包括して処罰することとし、これに対する刑罰を加重するものであり、前記最高裁判所判決は、個々の窃盗目的の住居侵入罪をも、これを個々の窃盗罪とともに集合的に常習累犯窃盗の一罪を形成するとするものであつて、常習累犯窃盗罪は、実質的な法益侵害の発生を必要とする侵害犯であり、その保護法益も個人の財産の保護にあること、並びに前記軽犯罪法の立法趣旨、侵入具携帯罪の罪質及び保護法益などに照らすと、右両罪は別異の性格を有する犯罪であることが明らかであり、その罪数関係についても、侵入具携帯罪と住居侵入罪の関係についてさきに説示したところがすべて当てはまるということができ、更にまた、常習累犯窃盗罪の常習性に関連して、窃盗目的の住居侵入と窃盗とは類型的な密着性を有するものであるから、窃盗目的の住居侵入を窃盗の常習性の発現として別の機会になされた窃盗行為と共に常習累犯窃盗の一罪を構成するということには、それなりに首肯し得るものがあるのであるが、侵入具携帯罪は、さきに説示したとおり住居侵入及び窃盗の目的の有無を問わず、すべての侵入具携帯行為自体を処罰の対象とする抽象的危険犯であつて、侵入具携帯行為と住居侵入ないし窃盗とは必ずしも類型的な密着性を有するものではない以上、このような侵入具携帯行為をもつて窃盗の常習性の発現とみることはできないものであり、結局、侵入具携帯罪と常習累犯窃盗罪とは併合罪の関係にあると解するのが相当である。
そうすると、侵入具携帯罪は住居侵入罪が成立するときはこれに吸収されるべき性質のものであるとの解釈を前提とし、これに窃盗目的の住居侵入罪が常習累犯窃盗罪と一罪の関係にあるとの前記最高裁判所判決の見解とを合わせ考えると、本件公訴事実に係る常習累犯窃盗行為と前記確定判決に係る侵入具携帯行為とは包括して常習累犯窃盗の一罪を構成するにとどまるとし、結局、被告人を免訴した原判決には、盗犯等の防止及び処分に関する法律三条の解釈、適用を誤り、ひいては刑事訴訟法三三七条一号の解釈、適用を誤つた違法があり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。
よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条ただし書によりさらに判決することとする。
(罪となるべき事実)
被告人は、昭和五二年三月二九日大阪地方裁判所において窃盗罪により懲役二年に、同五三年五月二六日羽曳野簡易裁判所において窃盗罪等により懲役一年六月及び同一〇月に、同五七年一月七日大阪地方裁判所において、常習累犯窃盗罪により懲役三年六月に各処せられ、いずれもそのころ右各刑の執行を受け終つたものであるが、更に常習として、同六〇年五月三日午前三時ころ大阪市住吉区東粉浜一丁目一二番一号所在の吉兆すし店において同店経営者西田長生所有の現金約一〇万七、〇〇〇円を窃取したものである。
(証拠の標目)<省略>
(累犯前科)
被告人は、
(1) 昭和五三年五月一一日羽曳野簡易裁判所において、窃盗、住居侵入、窃盗未遂の各罪により懲役一年六月に処せられ、同五五年八月二一日右刑の執行を受け終わり、
(2) 昭和五三年五月一一日同裁判所において、窃盗罪により懲役一〇月に処せられ、同五六年六月二一日右刑の執行を受け終わつた((1) (2) の順で引続き受刑)ものであつて、右事実は検察事務官作成の昭和六〇年九月五日付前科調書によつてこれを認める。
(確定裁判)
被告人は、昭和六一年七月三日大阪地方裁判所で住居侵入罪により懲役一年二月に処せられ、右裁判は同年同月一八日確定したものであつて、この事実は検察事務官作成の昭和六一年七月二一日付右事件の裁判状況についての報告書により、これを認める。
(法令の適用)
被告人の判示所為は、盗犯等の防止及び処分に関する法律三条(二条、刑法二三五条)に該当するところ、被告人には前記の前科があるので、刑法五六条一項、五七条により同法一四条の制限内で再犯の加重をし、右は前記確定裁判のあつた住居侵入罪と同法四五条後段の併合罪であるから、同法五〇条によりまだ裁判を経ない右判示常習累犯窃盗罪について更に処断することとし、その所定刑期の範囲内で処断すべきところ、本件犯行の罪質・動機・態様・被害額、前示累犯前科を含む多数の同種等の前科歴及び芳しくない生活態度、殊に本件は昭和五六年一二月二三日(同五七年一月七日確定)常習累犯窃盗罪により処せられた懲役三年六月の仮出獄(昭和六〇年四月一八日)後わずか半月後の犯行であり、窃盗の常習性が強度であること、本件犯行後の状況、その他記録にあらわれた諸般の事情を考慮すると、刑責は軽視できず、犯行回数が一回であることなどをしんしやくしても主文二項掲記の科刑はやむを得ないところであり、原審における未決勾留日数中五〇日を右刑に算入し、原、当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項ただし書により被告人にこれを負担させないこととする。
(なお、昭和六一年七月一八日確定の判決に係る住居侵入罪は、窃盗目的の犯行であり、本来、実体的には本件常習累犯窃盗罪と包括一罪となりうる関係にあつたものではあるけれども、他面右住居侵入罪は本件原判決言渡し後に犯した犯行であり、併合審理の可能性が全く存しない以上、被告人に対する本件常習累犯窃盗罪の公訴の効力は、第一審判決の言渡時をもつて遮断されるものと解するのが相当であるから、本件と右住居侵入事件とは別個に審理され判決されるべき筋合のものであり、右常習累犯窃盗罪の公訴の効力は、右確定判決の存在によつて影響されない。)
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 尾鼻輝次 裁判官 木村幸男 裁判官 森下康弘)